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広島高等裁判所岡山支部 昭和37年(う)84号 判決 1964年4月16日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴費用は被告人の負担とする。

理由

第一、控訴趣意第一点および第三点について

所論は要するに、農地に山土又は田の底土をもつて地盛りをしたときはその地盛りのときをもつて農地の無許可転用の罪は既遂に達するものであるから、地盛り完了後時効期間経過後に公訴の提起されたこと明らかな本件については、被告人に対しては免訴の判決をすべきであるのに、原判決は家屋建設工事に着手したときをもつて農地の転用なりと解し、従つて時効は未だ完成せずとして被告人に有罪の言渡をしたのは事実の誤認ないし法令適用の誤りあるものであるから破棄を求めるというにある。

一、そこで、先ず所論の田に山土又は田の底土をもつて土盛りをしたことが農地以外のものに転用したことに該るかどうかについて検討するに

(1)  農地法に所謂農地とは、耕作の目的に供される土地をいい、肥培管理によつて農業耕作物の栽培に供されている土地ないしは客観的にその蓋然性のある土地のことであつて、農地以外のものとは客観的に肥培管理が不能であるか若しくは社会通念上これが困難視される土地のことである。そして或土地が農地なりや否やは当該土地の事実状態に基づいて客観的に判定せらるべき事柄であつて、土地所有者又は使用者の主観的な単なる意図又は使用目的は農地判定の参考資料となり得るに過ぎないものというべきである。従つて農地であるかどうかは結局抽象的にきめられるものではなく、当該土地の現況、つまり土質、高低、水利、排水、地上利用法、住宅ならびに通路との距離や所有者利用者の職業、入手目的将来の予定及びその準備計画など諸種の事情を綜合考察して具体的に判定さるべきものであり、単に田に山土及び田の底土を入れて地盛りをしたからといつてその土地が常に農地以外の土地になるとは必ずしもいえないのであつて、要は地盛りをされた当該土地について前述のような諸種の事情を綜合考察してその土地が果して耕作の目的に供される土地といえるかどうかによつてきめられるところである。

(2)  そこで、本件について考察するに、原審において取調べた証拠ならびに当審における事実取調の結果によれば、被告人は中国電力株式会社に通勤するかたわら同居の父石井順平および母春子らと共に田八反畑一反位の耕作をしていた者でその住家より約四〇米西方の都窪郡庄村大字矢部字旗四〇三番地上に、以前より藁葺納屋を所有していたが、これが狭隘なため、将来新納屋を建築する目的で昭和二八年二月頃多田常太より右土地の東に隣接する同所四〇四番の二田一畝二八歩を買受け、自己名義に所有権取得登記をするとともに、その頃から同三二年二月末頃迄の間にわたり日曜日や農閑期を利用して父順平母春子らの家族と共に草地誠から買入れた山土及び石井安太郎方から貰い受けた田の底土を逐次右買入土地の北西部分に搬入して同土地の北西部分約一七坪五合(以下本件土地という)を従前より約五〇糧高く地盛りしたことが認められる。なお本件土地の地盛りと同じ頃やはり石井安太郎方から貰い受けた田の底土をもつて本件土地の南東にあたる四〇四番の二の残余部分約四〇坪を隣接の四〇三番の田と同じ高さにするため地上げが行われたが、本件土地と右残余の田四〇坪の部分とはこれに対する底土投入の方法を異にしていたし、両者の間には地盛り当時から高低差がつけられていること、本件土地についてのみその北側、東側に石垣を築き地内に土管が埋設され特別の排水設備が施されていること、本件土地の地盛更にり完了当時耕作の目的に供した事実はないこと、更に被告人方の耕作反別より推認される新納屋建設の必要性住家、古納屋及び通路との位置的関係、本件土地の地称等を綜合考察するときは、本件土地は地盛り完了のときに宅地化され耕作の目的に供されない土地即ち農地以外の土地になつたものと認めるのを相当とし、従つて又その時において農地の転用があつたものと認定されるところである。

二、農地の無許可転用の農地法違反の公訴時効について考察するに、

(1)  農地法第九二条によつて処罰される同法第四条達反の罪は法定の除外事由がないのに都道府県知事等の許可を受けないで農地を農地以外のものにすることによつて成立する犯罪である。そして本条違反の内容たる犯罪行為は受くべき許可を受けなかつたことにあるのではなくして、許可を受けずして農地を農地以外のものにすること即ち無許可のままで農地を潰廃する事実行為をいうのである。従つて本条違反罪は無許可のままで転用という事実行為が行われ右行為が客観的に終つたと認められる時に既遂となり、その時から公訴時効期間が進行を開始するものと解さなければならない。

(2)  これを本件についてみるに、被告人が本件土地に山土及び田の底土をもつて地盛りをしたことが農地であつた田を宅地化したことになり、その地盛りは転用行為にあたることは前記説示のとおりであるが、前記のように本件土地の地盛りは長期間にわたり除除に行われたものであり、且つ右地盛りは元来新納屋建築の敷地造成のため行われたものであるから、単に盛土の搬入を終つたのみでは未だ地盛りを完了したということはできず、その整地をなし周囲の地崩れ防止、排水等のための石垣工事をも終つたときをもつて地盛りの完了即ちそのときに本件土地は農地以外の土地になつたものと認めるのを相当とする。この点に関し原審並びに当審証人石井春子及び被告人は昭和三〇年中、遅くも同三一年初頃には石垣工事を含めて本件土地の地盛りは完了したと供述しているけれども右は後記諸証拠等に徴したやすく措信し難く、原審証人石井秀夫、同赤木末治の供述及び原審(第五回公判)における被告人の供述等に徴するときは北側石垣工事を終つて地盛りを完了したのは同三二年二月頃であつたことが認め得られる。して見れば同三四年一一月九日提起せられたこと記録上明らかである本件公訴は、時効期間経過前であること明らかであるから、時効完成による免訴を主張する所論は採るを得ない。<以下省略>(裁判長裁判官尾坂貞治 裁判官組原政男 西尾政義)

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